健康保険に2社同時加入できるの?二以上事業所勤務届のしくみ

お金と保険の知識

「健康保険は、ひとつの会社でしか入れないもの」——多くの方がそう思っていらっしゃると思います。私も長く社会保険の仕事に関わるまでは、そう思い込んでいました。

ところが実際には、2つの会社で同時に健康保険に加入するケースがあります。しかも保険料は、2つの会社で分け合って納めることになるのです。今回は、実務で初めて出会ったときに驚いたこの制度について、公的機関の情報をもとに整理してみます。

実際にあったケース:小さな会社の役員のまま、別の会社に入社

あるとき、こんな方が入社されました。ご本人は小さな会社の役員をされていて、実際の業務はほとんどしていないけれど、役員という立場のためその会社の健康保険には加入したまま。その状態で、こちらの会社にも入社されたのです。

結果どうなったかというと、両方の会社で健康保険の被保険者となり、保険料を2社で按分し、こちらの健康保険組合から小さな会社へ保険料を請求して入金してもらうという形になりました。「2社同時に加入なんてできるんだ」と、そのとき初めて知りました。

これは「二以上事業所勤務届」という正式な制度です

この手続きの正式名称は「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」といいます。日本年金機構が定める正式な届出です。

同時に2か所以上の事業所で社会保険の加入要件を満たした場合、この届出を提出する必要があります。提出期限は事実が発生してから10日以内。提出先は、選択した事業所の所在地を管轄する事務センターまたは年金事務所で、電子申請・郵送・窓口持参のいずれかで手続きします。

なぜ役員だと2社加入になるのか

パートやアルバイトの場合は「週の労働時間」などの要件で加入が判断されますが、法人の役員は少し事情が違います。実際の勤務時間の長短にかかわらず、その法人から役員報酬を受けている場合には、被保険者となる扱いが基本です。

そのため、「名前だけの役員だから関係ない」と思っていても、報酬が発生している以上は健康保険の対象になり、別の会社に入社すれば「2か所で要件を満たす」状態になるのです。

保険料はどう計算されるのか

ここが、この制度で一番わかりにくいところです。順を追って説明します。

ステップ1:主たる事業所(保険者)を選ぶ

被保険者本人が、どちらを「主たる事業所」とするかを選択します。この選択によって、管轄する年金事務所や保険者が決まります。片方が健康保険組合に加入している会社であれば、その組合にも手続きが必要になります。保険証を発行するのは、選択した側の保険者ということになります。

ステップ2:報酬を合算して標準報酬月額を決める

次に、それぞれの事業所で受けている報酬月額を合算して、標準報酬月額を決定します。ここが重要なポイントで、片方だけの給与で判断するのではなく、両方を足した金額をもとに保険料の基礎が決まります。

ステップ3:保険料を報酬額に応じて按分する

合算して決まった標準報酬月額から算出された保険料を、それぞれの事業所で受ける報酬月額の割合に応じて按分します。たとえば報酬の比率が7対3であれば、保険料の負担もおおよそその比率で分かれる、というイメージです。

そして、選択されなかった側の会社には、選択した側の保険者から保険料が請求され、入金してもらう流れになります。私が経験したのは、まさにこの流れでした。

知らないと損をする、あるいは困ること

この制度を知らないでいると、いくつか困ったことが起こります。

まず、届出をしないまま放置すると、あとから遡って手続きが必要になる可能性があります。保険料の精算も遡ることになり、経理処理が煩雑になります。

また、ご本人にとっては「保険証が2枚になるのでは?」という疑問が出ますが、被保険者としては1つにまとめられ、選択した保険者から保険証が交付される形になります。医療機関にかかるときも、その1枚を使います。

そして、報酬が合算されるということは、標準報酬月額が上がる可能性があるということでもあります。保険料の負担は増えますが、その分、将来の年金額や傷病手当金などの給付の計算基礎も上がることになります。

こんな方は確認しておきたい

次のような状況にある方は、一度確認しておくことをおすすめします。

ひとつは、小さな会社の役員をしながら、別の会社にも勤めている方。私が出会ったケースそのものです。次に、ご家族の会社の役員に名前を入れている方。報酬が発生していれば対象になり得ます。そして、複数の会社で働き、それぞれで社会保険の加入要件を満たしている方です。

働き方が多様になり、副業や複数の勤務先を持つ方が増えています。厚生労働省でも、複数の事業所で勤務する方やフリーランス、ギグワーカーなど多様な働き方を踏まえた被用者保険のあり方が議論されています。今後、この制度に関わる方はさらに増えていくのではないでしょうか。

おわりに——制度は、知っているだけで味方になる

社会保険の世界には、実務で出会って初めて「そんな仕組みがあったのか」と驚くことが本当にたくさんあります。今回の二以上事業所勤務届も、その一つでした。

複雑に見える制度ですが、仕組みを知っていれば慌てずに対応できますし、届出漏れによるトラブルも防げます。もしご自身やご家族が当てはまりそうであれば、勤務先の担当者や年金事務所に一度確認してみてください。

なお、個別の判断は状況によって異なりますので、実際の手続きにあたっては、必ず勤務先の担当部署や年金事務所、加入されている健康保険組合にご確認くださいね。

参考にした公的機関の情報

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