60代、後悔だらけの人生を振り返って気づいたこと

自由に

後悔のない人生を歩みたかった。でも、気づいたら後悔だらけでした。

父ともっと話せばよかった。母の隣にもっといればよかった。子どもたちに、もっとやさしくすればよかった。自分の体を、もっと大切にすればよかった。数えたらきりがありません。

つらかった時間のこと

結婚してから、長い間つらい日々が続きました。夫との関係、病気、お金のこと。外には言えないことを、ひとりで抱えてきました。

「なんでこんな人生になったんだろう」と思ったことが、何度もあります。誰かに相談したくても、どこから話せばいいかわからなかった。笑って過ごすことが、精一杯でした。

でも、そのたびに、布を広げていました。針を持っていました。何かを作ることだけが、私の「いまここにいる」という感覚を保ってくれていた。ミシンの音だけが、静かな時間の友でした。

60代になって、ようやく気づいたこと

60代になって、ようやく少し、楽になってきました。子どもたちも独立して、自分のペースで生きていいんだと思えるようになって。ハンドメイドを本格的に始めて、小さなお店を持つことができて。

後悔だらけの人生だったけれど、その全部が今の私を作ってくれたんだと、今はそう思っています。苦しかった時間は、無駄じゃなかった。あの頃があるから、今の私がいる。

若いころに夢中になれなかったこと、やりたかったのにできなかったこと。そういうものが、今の「ものづくり」への情熱につながっている気がします。後悔が、エネルギーになったのかもしれません。

これからも後悔するかもしれない。でもいい。

これからも、後悔するかもしれない。でも、それでもいいと思っています。生きていれば、後悔するくらい、一生懸命だったということ。そう信じながら、今日も手を動かしています。

同じように、「こんなはずじゃなかった」と感じている方がいたら、伝えたいことがあります。今からでも遅くない、ということ。60代は、まだまだこれからです。

好きなことを見つける。小さくてもいいから、自分だけの居場所を作る。それだけで、毎日の景色が変わります。

手仕事が教えてくれたこと

ミシンを踏んでいるとき、私は後悔を忘れます。布の手触り、糸が走る音、形になっていくものを見るよろこび。その時間だけは、過去も未来も関係なく、「今ここ」にいられる。

手仕事には、そういう力があると思っています。何かを「作る」という行為は、自分を肯定してくれる。上手でも下手でも関係なく、完成したものは自分が生きた証だから。

後悔だらけの人生も、それはそれで悪くなかったのかもしれない。そう思えるようになったのは、ミシンのおかげです。

読んでくれたあなたへ

読んでくれてありがとうございます。一生懸命生きてきた自分を、今日だけは少し褒めてあげてください。ゆっくり休んで、また明日から一歩ずつ。

今日も手を動かしながら、あなたのことを思っています。

後悔と付き合うために、私がしている小さな習慣

後悔は、消そうとすると余計に膨らみます。だから私は、消すのではなく「付き合い方」を変えることにしました。同じ思いの方の参考になればと、私の小さな習慣を書いておきます。

ひとつめは、ノートに書き出すこと。頭の中でぐるぐる回っている後悔を、文字にして外に出します。書いてみると「あのときの私は、あれが精一杯だった」と、少しだけ自分を許せるようになります。

ふたつめは、後悔をひとつ思い出したら、感謝もひとつ思い出すこと。「父ともっと話せばよかった」の隣に、「でも最後に手を握れた」を置いてみる。後悔と感謝はたいてい同じ思い出の中にあるものです。

みっつめは、手を動かすこと。これが私にはいちばん効きます。針を持ち、ミシンを踏んでいる間は、心が「今」に戻ってきます。手仕事でなくても、料理でも庭いじりでも、なんでもいいのだと思います。

「後悔しない生き方」より「後悔してもいい生き方」

よく「後悔しない生き方をしましょう」と言いますが、60年生きてきて思うのは、後悔しない人生などない、ということです。選ばなかった道は、いつでも美しく見えるものですから。

だったら、目指すのは「後悔してもいい生き方」ではないでしょうか。後悔が顔を出したら、「はいはい、あなたもいたわね」と隣に座らせて、それでも今日やりたいことをやる。完璧な過去は手に入らなくても、今日の小さな満足は、自分の手で作れます。

私にとってそれがミシンだった、というだけの話です。あなたにも、きっと何かあります。

もし今夜、眠る前に後悔が押し寄せてきたら、こう唱えてみてください。「あのときの私は、あれが精一杯だった」。それは言い訳ではなく、懸命に生きてきた人だけが言える、ねぎらいの言葉です。

そして、もし身近に同じように過去を抱えている友人がいたら、無理に励まさなくていいのです。「わかるよ」と隣でお茶を飲む。それだけで、人はずいぶん救われるものですから。

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