60代を経験し、今、はっきりと感じることがあります。体は、時間とともに少しずつ、確実に崩れていっているということです。
以前は何ともなかった動作で、ふとした瞬間に「あれ?」と違和感を覚えるようになりました。バランスが悪くなった、ふらついた、今のは何だったのだろう、と自分に問いかける瞬間。靴を履いたり脱いだりするとき、そんなに重くもない物を持ち上げたとき、日常の何気ない場面で老化の時間が静かに訪れていることを感じます。
目次
- 体が教えてくれる老化のサイン
- ふとよみがえる亡き夫の記憶
- 苦しかった日々と、優しかった時間
- 忘れていく苦しさ、残っていく温もり
- 頑張り続けた私と、疲れた心
- それでも生きると決める理由
- 一人じゃないと思える存在
- おわりに:心は何度でも変化する
1. 体が教えてくれる老化のサイン
老化は、ある日突然やってくるものではありません。気づいたときには、すでに日常に溶け込んでいます。ほんの一瞬のふらつきや、今まで無意識にできていた動作のぎこちなさ。そうした小さな変化が積み重なり、「ああ、私は今、年を重ねているんだ」と実感させられます。
体は正直です。無理をすれば、ちゃんと教えてくれる。休みなさい、と静かにサインを出してくれます。
2. ふとよみがえる亡き夫の記憶
そんな時、なぜか亡き夫のことを思い出すのです。
好きになって結婚し、同じ時間を過ごし、やがて「好き」という気持ちが少しずつ薄れていった日々。一緒にいるだけで苦しくなった時期もありました。それでも今、心に浮かぶのは、優しかった頃の夫の姿です。
病気で苦しみ、見ているこちらも苦しかったあの時間。忘れたいほど辛かったはずなのに、不思議なことに思い出されるのは、穏やかな表情や、何気ない優しさばかりです。
3. 苦しかった日々と、優しかった時間
「苦しかったことは忘れやすく、楽しかったことはよく思い出す」
そんな言葉を聞いたことがあります。本当にその通りだと、今になって思います。あれほど心をすり減らした時間よりも、ふとした笑顔や、何気ない言葉が記憶に残っているのです。
人の心は、自分を守るために、そうできているのかもしれません。
4. 忘れていく苦しさ、残っていく温もり
今の私は、もしかしたら疲れているのかもしれません。
一生懸命に生きてきました。これからの生活を考え、将来を変えたいと思い、リベシティにも加入しました。新しい世界に飛び込み、学び、挑戦し、自分の人生を少しでも良くしようと必死でした。
「成功のそばには、必ず苦しい時間がある」
そんな言葉を信じて、ここまで歩いてきました。
5. 頑張り続けた私と、疲れた心
だからこそ、ふと思うのです。
もし今、優しかった頃の夫がそばにいてくれたら、「もう頑張らなくていいよ」と言ってくれるのではないか、と。
弱音を吐いてもいい場所、何も証明しなくていい時間。それを求めている自分が、今ここにいます。
6. それでも生きると決める理由
今は苦しいです。
それでも、この苦しさを乗り越えた先には、きっといい未来が待っている。そう信じたいし、信じて生きていきたいと思いました。
生きることは苦しい。 生きることは楽しい。
この二つは、いつも隣り合わせです。
7. 一人じゃないと思える存在
私は一人ではありません。子供がいます。友達がいます。
本当に苦しくてたまらない時には、誰かに支えてもらいたい。そう思える存在がいることは、何よりの救いです。
強くなくていい。頑張れない日があってもいい。誰かの手を借りながら、生きていけばいいのだと思います。
8. おわりに:心は何度でも変化する
心は、幾度となく変化します。昨日の気持ちと今日の気持ちは、同じではありません。
もし、この文章を読んでくださる方がいるのなら。その存在を思うだけで、私はまた一歩前に進めます。
完璧じゃなくていい。揺れながら、立ち止まりながら、それでも生きていく。
それが、今の私の正直な姿です。

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