目次
もし入院していてくれたら
もし彼が、はじめから病院に入院していてくれていたら──
どれほど安心できたことでしょうか。
仕事から帰って玄関を開けるたび、私は緊張していました。
静まり返った家。
暑い部屋で半纏を着たまま
その空間の奥にいる彼は、真夏の暑い部屋で、なぜか半纏を着たまま座っていました。
クーラーも扇風機も使わず、汗をかく様子もなく、じっと動かずにいるのです。
テーブルには手付かずの水、そして食事の跡もなく。
「何も食べてない…」
そんな様子が、日を追うごとに当たり前になっていく日々でした。
夫の「入院する」の一言
私は朝、彼のために流動食を用意し、仕事へ向かいます。
昼休みに様子を見に帰ることもありましたが、それでも限界がありました。
そんなある日、彼がぽつりとこう言いました。
「入院…する」
自分からそう口にしたのは、それが初めてでした。
治療開始から5年──
がんセンターの医師には、すでに「緩和ケアを視野に」と言われていました。
緩和ケア病棟へ──最後の入院
紹介されたのは、自宅近くの病院。
緩和ケア外来のある病院でした。
医師は淡々とこう言いました。
「どうされますか?入院もできますよ。身体的苦痛を和らげる治療が中心です。」
それは、緩和ケア病棟への入院を意味していました。
夫は、数日後に静かに病室へ向かいました。
ただ、彼からは家族への言葉が、何もありませんでした。
子どもたちの涙と沈黙
子どもたちにとって、彼は怖い父親でした。
でも、どんなに厳しかったとしても、唯一無二の「父」だったのです。
その父が、言葉も交わさず病院へ行ってしまう──
その事実が、子どもたちの胸を締め付けました。
日に日に痩せていく父。
話すのも辛そうな姿を見つめながらも、子どもたちは何も言いませんでした。
ただ静かに、そばに寄り添っていました。
家で看取るという覚悟
「家で最期を迎えたい」
それが、彼の希望でした。
私たちはその思いを叶えたかった。
でも、その現実は決して甘くありません。
介護とは「覚悟」の連続です。
精神的にも肉体的にも、想像以上に家族にかかる負担は大きいのです。
今、伝えたいこと
あの日々を思い出すと、今でも胸が詰まります。
ですが、あのときの選択に後悔はありません。
どうか、家で看取るということが、どれほど大変か。
そのうえで、もし同じ道を選ぶ方がいるなら、
無理をせず、支えを借りながら進んでほしい。
最後に、彼が穏やかに旅立てたこと。
そして、その時間をともに過ごした子どもたちを、心から誇りに思います。
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